地上における神のみわざとしての教会―A. A. ファン・ルーラーの教会論の核心(2007年)

関口 康

序としてのモノローグ

地上に教会が存在し、その中で教会役員が働く意味は何であり、その果たすべき役割は何なのか。この問いは、決して小さなものではない。十分な意味で神学的な問いであり、かつ実際的な問いでもある。教会役員たちもそれ以外の者たちも、この問いの前でしばしば深いため息をつきながら悩んでいる。『教会規程』の文言の定義上の意味ならば解説を聞けばとりあえず分かる。しかし、本当に知りたいのはその点ではない。多くの場合、「こんなこと(あんなこと)をやっていて、何の“意味”があるのか」と問うているのである。

以下の考察の目標は、この問いの答えを求めることにある。ただし、個別の問題には、ほとんど踏み込むことができない。題材は20世紀中盤のオランダで活躍した改革派神学者、アーノルト・アルベルト・ファン・ルーラー(Prof. dr. Arnold Albert van Ruler [1908-1970])の教会論である。模範解答ではないところもあるだろう。たとえば、日本キリスト改革派教会の『教会規程』が規定している内容とぴたりとは一致しない点もある。しかし、私にとってファン・ルーラーの教説は大きな慰めと勇気を得られたものである。われわれにとっての反省材料になるのではないだろうか。

Ⅰ 地上の現実の神学

ファン・ルーラーの教会論を取り上げる前に、その前提となるこの神学者の思想の全体像を概観しておく必要があるであろう。しかし、それを行う余裕はない。ファン・ルーラー自身が語っている彼の神学の特色は、次のようなものである。

「神学はキリスト論的神学でも聖霊論的神学でもあるべきでない。そういうのは部分的なものにすぎない。全範囲において神学は、ただひたすら三位一体論的神学として、終末論的神の国神学として、聖定論的神学として表現することができるだけである。三位一体と、神の国と、聖定。これら三つの要素こそが、組織神学の最も広い、それゆえ固有の視点である。この神学は全包括的な啓示の哲学(filosofie van de totale openbaring)と一致するのである」[1]。

ただし、ファン・ルーラーは、これら三つの要素(三位一体論、神の国論、聖定論)のバランスを重んじる。とりわけ、三つの中の一つの要素が一つの原理(principe)として仕立て上げられ、その原理からの論理的演繹として神学体系全体が(楽々と)構築されてしまうことの問題点を指摘する。次のように書いている。

「一体われわれは、聖定論的神学というようなものだけを作り上げて、それで何を望むのだろうか。同様にわれわれは、その裏面にある三位一体論的神学を持つべきではないだろうか。またその対極にある歴史的・終末論的神学を、さらに神の国の神学をも持つべきではないのだろうか。あるいは、同じく重要なものとしてキリスト論的・聖霊論的神学をも持つべきではないだろうか。罪の神学を含む創造の神学も必要ではないだろうか」[2]。
 
このように、ファン・ルーラーは、神のみわざのすべてをその視野に収め、かつ全体の中の各要素のバランスを重んじる。ファン・ルーラーの最初の学生となったL. J. ファン・デン・ブロムは、恩師を「地上の現実の神学者」(theoloog van de aardse werkelijkheid)と呼び、ファン・ルーラーがその鋭い眼で見ていたものを次のように表現する。

「われわれを取り囲むすべての地上の現実、すなわち、自然や歴史や文化、また、個人としての、あるいは社会的存在としてのわれわれ自身は、神の終末論的行為のダイナミクスの中にある。地上の現実は、創造のみわざと、イスラエルの選びと召しと、契約と、御子の受肉と、聖霊の派遣と、教会の宣教と、メシア的・聖霊論的間奏曲とが手を取り合って楽しむ輪舞(ラインダンス)の中で踊っている。それらのものは、最も新しい行為を待ち望む未完結の行為として、終末に至るまで踊り続けているのである」[3]。

このファン・ルーラーのヴィジョンは、表現形式はかなり異なるが、内容面から言えば、日本キリスト改革派教会が創立宣言において掲げた第一の主張としての「有神的人生観・世界観の確立」[4]という点とほとんど一致する。両者に共通している重要な点は、われわれキリスト者が全包括的な神学的視野を持ちつつ、地上の現実の上にしっかり立って生きることである[5]。

Ⅱ 地上の教会の神学

しかしまた、ファン・ルーラーの「地上の現実の神学」は、私見によれば、教会という場においてこそ有効性を発揮する。これもまた日本キリスト改革派教会が創立宣言の第二の主張として掲げた「信仰告白と教会政治と善き生活を具備する教会の形成」[6]という点と全く一致する。教会形成の裏づけなき「有神的人生観・世界観の確立」というようなものは、少なくともわれわれが求めてきた道ではない。教会に仕えることを知らないキリスト教哲学(もしそのようなものがあるとしたら)などは、全く不毛である。

実際、ファン・ルーラーの神学の本質は「地上の教会の神学」、すなわち、われわれが日々労している教会の現場に奉仕する学なのであって、それ以外の何ものでもない。ファン・ルーラーの追い求めた全包括的視野は、すべての教会が本来持つべき視野の広さを示している。この神学者の諸著作を読むかぎり、地上の教会の活動、とりわけ説教や牧会との関係が明確でないような哲学的思弁などには、ほとんど触れられていないことがすぐに分かる。いずれにせよ、ファン・ルーラーは、常に“教会人”として考えている[7]。キリスト者として考えるとは、まさにそのようなことではないだろうか。

そしてそれこそがファン・ルーラーの「宣教(アポストラート)の神学」のパースペクティヴに他ならない。この神学者は、「教会の使徒的性格〔apostoliciteit=使徒のごとく世界宣教に仕えること〕を教会の属性(eigenschap)として理解することは、問題を教会論的にせばめることや教会への引きこもりに通じるであろう」と書く。しかし、すぐ後に「教会の使徒性(apostolaat)は、〔教会の属性でないばかりか教会の任務(opdracht)でさえなく〕、教会の存在理由(wezen)なのである」とも書くのである。

教会の神学者であるファン・ルーラーがキリスト者たちの「教会への引きこもり」に警戒する。教会は世の中にあるということを強く意識する。この点でファン・ルーラーはボンヘッファーに近い。ところがファン・ルーラーは脱宗教化や脱教会化への道には決して進まない。どこまでも宗教的かつ教会的であり続けようとする。「神を語る者」(theo-logoi)であり続けようとする。世の中にある教会の存在理由は、「ただひたすら神の御計画に仕えること」(zij heeft Gods raad alleen maar te dienen)である、と語るのである[8]。

ファン・ルーラーは、オランダ改革派教会(Nederlandse Hervormde Kerk)の教師として二つの教会(クバート、ヒルファーサム)の牧師を務めた後、オランダ改革派教会の大会が委嘱した「教務教師」(kerkelijke hoogleraar)として、ユトレヒト大学神学部で教鞭をとった。大学教授として担当した教科は、聖書神学[9]、オランダ教会史、内国ならびに外国宣教学(アポストラート)[10]、教義学、キリスト教倫理学、信条と典礼、教会規程であった。専門分野は教義学であるが、彼自身は「教義学」も「組織神学」も上梓することはなかった。オランダ改革派教会『教会規程』改定委員会の中心メンバーであったこと、ラジオ伝道に熱心だったこと、サッカーの愛好家だったこと[11]、五児の父であること、そして過度の労働の末、三度の心臓発作の後、神学教師として現職のまま(次の学期に予定されていた和解論の講義を果たせないまま)62才で夭折した人であることなども知られている[12]。

Ⅲ 地上の人間の神学

やや不幸な事実がある。ファン・ルーラー死去後のユトレヒト大学神学部、とりわけ組織神学が「バルト化」していった。ファン・ルーラーも多くの同時代人と同様カール・バルトの影響下に神学研究を開始した人であったが、ある時点を機にバルト批判に転じてからは、一貫して論争的に立ち向かった。そのファン・ルーラーの神学的パースペクティヴを積極的に継承する教義学者が40年近く(今日に至るまで)、ユトレヒト大学神学部の中に、またオランダ国内にも不在であった、あるいは少なくとも劣勢であったと言いうるのである。そのことを、現在のオランダプロテスタント神学大学総長である実践神学者F. G. イミンク教授は、かつて次のように証言していた。

「ファン・ルーラーの死後のユトレヒト大学神学部の組織神学部門は、主としてバルトとミスコッテの神学によって規定されるようになった。教義学に関心を示す者たちは弁証法神学のジャーゴン(jargon van de dialectische theologie)を用いて、ともかく表現せざるをえなくなった。より体系的なものを期待する者たち、あるいはより哲学的で理論的な関心を示す者たちは、正当にも、V. ブリュマーが熱心に独自路線を進んでいた哲学的倫理学の教室に通うことになった。とりわけこの教室の学生たちによってファン・ルーラーの神学を特別に愛する人々が残されてきたのである。………教義学に関心を示す学生たちが同時に方法論的に考え抜くことについては大いに不足していたことと、ファン・ルーラーの死後のユトレヒト大学の神学生たちが宗教哲学者V. ブリュマーと共に歩んだこととは偶然ではなかったと私は考えている。われわれの学問的傾向は、ファン・ルーラーの仕事の足跡から受け取ったものによって、神学的になお最良なものでありうるのである」[13]。

現代のエキュメニカルな対話において活躍した改革派教義学者の中では最も強くファン・ルーラーの影響を受けた人と言いうるユルゲン・モルトマンは、ドイツ人であるが、この人もまた最終的にはファン・ルーラーの線に立つことができなかった。

しかし幸いなこともあった。それは、ファン・ルーラーの神学は、組織神学の文脈の中でよりもむしろ実践神学の文脈の中でこそ意義と価値を見出されることになった、という事実である。アムステルダム自由大学で牧会学を教えた実践神学者G. ヘイティンク教授は、主著『実践神学』(1993年)の中でファン・ルーラーを次のように紹介している。

「A. A. ファン・ルーラーは、R. ボーレンによって引用された神律的相互性(theonome reciprociteit)という概念のゆえに、実践神学者の間ではおそらく最も知られている人物である」[14]。

ファン・ルーラーの死後、1970年代以降の実践神学部門において、ファン・ルーラーの提起した新しいパースペクティヴからの研究が盛んになった。実践神学のこの新しい潮流は、R. ボーレンの『説教学』(1971年)から始まった[15]。1980年代以降は礼拝学、牧会学、宣教学の分野でも、同様の視点からの研究が始まった[16]。

実践神学者がファン・ルーラーの神学を積極的に受容する理由は理解しうる。(三位一体の神との相互関係の中にある被造的現実(geschapen werkelijkheid)としての)“世界”ないし“世間”(mundum/ wereld/ Welt/ world)ならびに“人間”ないし“人間性”(humanum/ humaniteit/ Humanität/ humanity)の全面的尊重という点、つまり、両者を合わせて言えば、「地上性」(aardsheid)もしくは「地上の生」(aardse leven)の尊重という点こそがファン・ルーラーの神学の特色を決定づけているからに他ならない[17]。

たとえばファン・ルーラーは次のように書いている。結論から言えば、この神学者にとって「世界」とは、徹底的に喜び楽しまれるべき場なのである。

「純粋に喜び楽しむことは純粋な清さを要求するものである。たしかにそれは一体的なことである。清さとは、自分自身と世界を神の贅沢として、あるいは神の栄光として見ることを意味している。『心の清い人々は幸いである。その人たちは神を見る』〔マタイ5・8〕とは、人生をとことんまで喜び楽しむ人々のことなのである。そこでこそ彼らは、本来的な生、すなわち、喜びとしての地上の生の只中にあるのである」[18]。

また、とりわけファン・ルーラーが尊重する「人間性」とは、バルトのキリスト論的集中の神学が重視する、永遠の神の御子(キリスト)によって歴史的に一回限り摂取されたそれ自体は非人格的存在でしかない“肉”(サルクス)としての「キリストの人間性」(menselijkheid van Christus)のみに限定されるものではない。むしろ、われわれ自身の「人間性」をファン・ルーラーは全面的に尊重する。それは、聖霊がその中へと注がれ、内住するところの「人間の人間性」(menselijkheid van de mens)である。

この意味での「地上の生」を重視するファン・ルーラーの見方が実践神学者たちを魅了するものとなる。ここで再びイミンク教授の証言を続けることにしよう。とくに注目していただきたいのは、イミンク教授の言うところの「第二の視点」である。

「ファン・ルーラーの神学的業績における主に二つの視点が、私を魅了している。第一に、世界史を含むあらゆる生は神のみわざ(handelen Gods)という視点の下に集約されるものであることを彼は知っていた。その意味でファン・ルーラーは神中心的思想家であり続けたのである。第二に、ファン・ルーラーは、他の誰よりも、永続的に神と差し向かいにあるものとしての被造的現実について、また神のみわざが行われる場としての人間存在について、そしてまた、御霊の住家としての人間について、関心を払っていたことである。われわれはそれを、ファン・ルーラーの神学の人間学的次元(antropologische dimensie)と名づけることができるだろう。しかもこの二つの次元は仲良く手を取り合うのであって、対立を作り出すわけではないのである」[19]。

ファン・ルーラーは、神の「神であること」を尊重すると共に、われわれ人間が「人間であること」を尊重し、かつ「人間らしくあること」を奨励する。たしかにわれわれはこの点で悪びれる必要はない。いったい、人間が人間的であってどこが悪いというのだろうか。むしろかえって人間が自らの人間性を放棄すること(たとえば「神になりたがること」)こそが、まさに傑出した罪ではないのだろうか。
この点が神学的に了解されていないところ(たとえば、「人間的である!」とか「世間的である!」とか「地上的である!」という言葉がもっぱら批判的・否定的・糾弾的な意味で用いられているところ)に、「人間の実践」(praxis)を神学的に分析することを本務とする「実践神学」(theologia practica)は、成り立ちようがないのである[20]。

われわれの説教や牧会が人々にとっての慰めや励ましになっていない。それどころか、生きる気力や勇気を根こそぎ刈り取るように機能しているかもしれない。そのようなことをわたしはいまだかつて考えたことも疑ったこともありません、などと言われては困る。実践神学はハウツーではない。実践神学とはシュライアマッハーが主張したように「実践の理論」(theorie van de praxis)なのである[21]。実践神学の日進月歩を無視する教会は、自分が大きな落とし穴に落ちていることに気づくこともできないのである。

Ⅳ triplex munus(三職)

ファン・ルーラーの教会論を紹介するための紙面が尽きてしまった。しかし、重要な点にはすでに触れてきたつもりである。

ごく最近、アメリカ改革派教会(Reformed Church in America)の教師であるA. J. ジャンセンが、ファン・ルーラーの教会論、とりわけ教会役員論を取り上げた神学博士号請求論文『神の国・職務・教会―A. A. ファン・ルーラーの教会役員論研究―』(2005年)を完成し、それがアムステルダム自由大学神学部に受理された(単行本として出版されたのは2006年である)[22]。これは非常に興味深く、またきわめて画期的なファン・ルーラー研究書である。

ジャンセンによると、ファン・ルーラーは、教会役員の種類を「長老・執事・教師」の三つとする[23]。「神学教師」(doctor)を教会役員に数えない。神学教師は、職務(office)というよりも、むしろ役割(function)である。「長老・執事・教師」の三職こそが使徒職の枝分かれであり、使徒職を基点として扇形に広げられてきた職務なのである。

興味深いのは、ジャンセンがファン・ルーラーの教会役員論を「長老・執事・教師」という順序で紹介していることである。この順序はわれわれが通常採用する順序とは異なる[24]。しかし、この順序は恣意的(arbitrary)に選んだものではなく、ファン・ルーラー自身が教会役員の重要性につけた順序に基づいている、とジャンセンは主張する。

ジャンセンによると、ファン・ルーラーにとっては、長老と執事の職務は、教師の職務よりも重要なものである。このことは次のように説明されている。

ファン・ルーラーによると、教師職の中心にあるのは説教であり、長老職の中心にあるのは生の聖化であり、執事職の中心にあるのは公平と援助である。まず説教によって、人は救われる。聖化によって、人生は価値あるものであると知る。そして援助と公平な取り扱いによって、この世界は善きものであり、かつ“美しい”(beautiful)ものであると知るのである。それぞれの職務の中心が重なり合って一つになる。そのときに、それぞれの職務の神の国における位置と役割が明らかになるのである。

しかしそれではなぜ、長老の職務は教師の職務よりも重要であると言いうるのだろうか。そこにはファン・ルーラー独特の思惟構造である「終末からの思惟」(denken vanuit het einde)や、(経綸的)三位一体論についての考え方や、「手段と目的の関係」についての考え方が関係しているとジャンセンは見ている。

ファン・ルーラーによると、(終末からの思惟、つまり、時系列的な後ろから前へと考えるならば、経綸的三位一体における)「聖化」(sanctificatio)は、「救い」(redemptio)よりも重要なのである。これと同様の論理が執事職と教師職の関係にも適用される。執事職が教師職よりも重要であると言いうる理由は、(後ろから前へと考えるならば、あるいはまた二つの職務の役割を手段と目的の関係として捉えるならば)、「社会理想」(social ideal)は「聖化」(sanctificatio)よりも重要だからである。

ただし、常に同じ順序だけではない。ファン・ルーラーは「終末からの思惟」だけではなく、正反対に逆転させて考えていくこともできた。教師こそが中心的職務であると主張することができた。「教会の全体的構造にとっての軸(spil)は、日曜日朝の神の民の集いにおける教師の全く職務的な性格である」と語ることもできた。しかしまた、「職務の観点から見れば、教会の中心は長老である」とも語った。さらに、教師・長老・執事という三職の配列の中では長老が中心であるとも言い、長老とは他の職務がその周りを回る軸であり、中心である、とも語ったのである。

また、長老職は他の職務とお互いに支えあっている、とも語った。長老職は「聖職者」(clergy)ではない。長老は教師とは異なり、その職務実践によって生計を立てているわけではないからである、という。それゆえ、長老は宗教のプロフェショナルがそれによって生活を営んでいる固有の領域にまで踏み込むことはできない。また、長老職それ自体が、貧しい人々を助けることを任務とする国家の公務員や官僚のようになることもない。公務員や官僚の仕事は教会の執事職の任務と重なっているのである。

しかし、ファン・ルーラーは、長老とは牧師の“ちょっと下”(little below)に立つ者であり、かつ執事の“ちょっと上”(little above)に立つ者であると語ったこともある。垂直的な上下関係を示す言葉遣いが用いられたのは、残念である。しかし、ファン・ルーラーは、他のところでは、三つの職務の平等性ないし水平性を、急いで強調してもいる。

(1)長老

長老の職務において重要な仕事は、ファン・ルーラーによると、「家庭訪問」(Home Visitation)である。「家庭訪問とは、長老の最も現実的な(most real)仕事である」[25]と書いている。ジャンセンによると、「家庭訪問」は、神学的に言えば、ファン・ルーラーの「神の国」や「三位一体」に関する思惟に根拠があるという。家庭訪問の際に語り合うべきことは「魂の問題」や「聖餐の問題」に限定されるものではない。あるいはまた、「単なる世間話(human matters)」や「教会の話」でもない。語り合うべきことは「神の国の話」であり、「神の話」であり、「神に関わるすべての話」である。それゆえ、魂の問題、聖礼典の問題も含まれる。そのとき、すべての地上的事物が「テーブルにつく」のである。

長老職における他の仕事として、ファン・ルーラーが挙げているのは、「訓練」、「統治」、「礼拝出席」、「教会管理」などである。

(2)執事

執事の職務において重要な仕事は、「公平な取り扱い」と「慈善」である。ファン・ルーラーによると、執事(deacon)は十分な意味での職務(office)である。単なる役割(function)ではない。執事とは、「終末論的に位置づけられ、神によって用いられ、かつ教会の複雑な関係の中に取り込まれている職務である。この職務は十分な意味でキリストにおける神の恵みの選びのうちに位置づけられている。神は、地上における神のみわざの中で人間の奉仕者を自由にお用いになるのである。キリストから執事の職務までの間には、直線が引かれるのである」[26]。

「執事はキリストの代理者である」とも言われている。「執事は教師(御言葉の奉仕者)とは対照的に、言葉による代理者ではない。神は、聖書が証言しているように、われわれが生きるために必要なものを与えてくださり、われわれを助けてくださる方である。その神御自身を、執事が代理するのである。そのようにして、彼らがわれわれの義を打ち立てるのである」[27]。

そして、ファン・ルーラーは次の言葉を付け加える。「神とは執事のような存在である(God is diaconal)。神はキリストにあって助けに来てくださり、義を打ち立ててくださるのである」[28]。

さらに、もっと付け加える。「執事の働きが映し出す現実は神御自身ではなく、キリストでもなく、救いでもない。それは、われわれの生活であり、この命である。聖餐卓から、われわれの家庭の居間の真ん中に置かれた食卓へと、矢が向けられる。他に迂回路はないのである」[29]。

 (3)教師

教師(御言葉の奉仕者)の職務において重要な仕事は、まさしく「御言葉の奉仕」、すなわち「説教」である。しかし、彼らはただ説教だけをしていればよいわけではない。教会の牧師でもあり、教会会議の議長でもあり、日曜学校の教師でもあり、他のいろんなことにも携わっている。しかし、これら他の仕事は説教の中にその中心を見出すのである、とファン・ルーラーは述べている。

ファン・ルーラーによると、教師の職務には次の五つの特質がある。それは「使徒的」、「終末論的」、「神の国志向的」、「三位一体論的」、「共同的」という特質であるという。それぞれ興味深い内容があるが、これら一つ一つについて今ここで紹介することはもはやできない。

結 教会の存在理由

最後に少しまとめておきたい。ファン・ルーラーの神学は「地上の現実」と「地上の教会」と「地上の人間」を視野におさめる、まさに全包括的な性格を持っている。ただし、その意味の全包括性は、教会が本来持つべきものである。そのことを教会の神学者ファン・ルーラーが教えてくれる。

しかし、その全包括的視野を教会が持つべき理由は、教会が「ただひたすら神の御計画に仕えること」にある。別の言い方をすれば、教会自身が「地上における神のみわざ」として、神とキリストを代理しつつ、「神と共に」みわざをなすのだ、ということである。

ここに最初のモノローグにおいて問うたことの答えがあるだろうか。伝道と教会形成における闘い、社会問題に対するキリスト者としての取り組みと証し、さまざまな形の愛のわざ、その一つ一つの重さに耐えかね、苦しんでいる人々は大勢いる。私も、間違いなくその一人である。

われわれが日々行っていることに“意味”があるだろうか。

もちろん、ある!

地上の教会の存在と働きは「地上における神御自身のみわざ」なのだ!

私は教師(御言葉の奉仕者)である。最後に教師の話をさせていただきたい。ファン・ルーラーは、教師の存在理由に関して、次のように書いた。

「社会学的に言えば、聖職者の仕事は不可欠なものである。

しかし、われわれは、そのようなある社会学者たちの先入観に与したいとは思わない!

われわれは、社会学的な根拠によって決定されたいとは思わない。

また当然のことながら、とりわけ神学的なあるいは霊的な根拠によって決定されたいとも思わない!

われわれは次のように語る勇気を持たねばならない。

『われわれは神によって(van Godswege)不可欠な者とされている』と」[30]。

(論文、『改革派神学』 第34号、神戸改革派神学校、2007年、167-181頁)




[1] A. A. van Ruler, ‘Christocentriciteit en wetenschappelijkheid in de systematische theologie’, in: Theologisch werk, V, p. 212. ファン・ルーラーの根本思想については牧田吉和先生の以下の論文を参照していただきたい。本誌『改革派神学』第19号(1988年)「改革派教義学と聖霊論―改革派神学の新しい可能性を求めて―」、第29号(2002年)「A. ファン・ルーラーの神学的文化論の中心点―文化論におけるカイパー批判に関連して」、第30号(2003年)「終末と事物性―A. ファン・ルーラーの終末論の一つの神学的意図―」、第32号(2005年)「ファン・ルーラーにおける三位一体論的・終末論的神の国神学と聖霊論」、加えて日本カルヴィニスト協会紀要『カルヴィニズム』第18号「カルヴィニズムの終末論的展開―A. ファン・ルーラーの場合」、第23号(2004年)「カルヴィニズムの一致と多様性―カイパー、スキルダー、ファン・ルーラー、そして日本―」が、それである。牧田先生の諸研究が一冊の『ファン・ルーラー研究』(仮題)としてまとめられて世に問われる日が来ることを期待しているのは、私だけではないだろう。ただし、牧田先生の研究においては、ファン・ルーラーの伝記的側面にはあまり触れられていない。拙論はいくらか補いの意味を持つかもしれない。

[2] A. A. van Ruler, ‘Ultra-gereformeerd en vrijzinnig’, in:  Theologisch werk, III, p. 106. ファン・ルーラーが語っているのは、「聖定論的神学」という着想そのものが間違いであるということではない。「聖定論をもって神学の統一原理とすること」だけが改革派神学のすべてではない、と語っているのである。「聖定論的神学」や「聖定論をもって神学の統一原理とすること」は、周知のとおり、吉岡繁先生が岡田稔先生の『改革派教理学教本』の特色を評するために用いた有名な表現である(吉岡繁「『改革派教理学教本』の日本神学史的意義」、『改革派神学』、第10輯、岡田稔先生特輯号、神戸改革派神学校、1972年、11~30ページ参照)。

[3] L. J. van den Brom, ‘A. A. van Ruler, theoloog van de aardse werkelijkheid’, in: Vier eeuwen theologie in Utrecht. Bijdragen tot de geschiedenis van de theologische faculteit aan de Universiteit Utrecht, Uitgeverij Meinema, Zoetermeer, 2001, p. 287.

[4] 「この有神的人生観乃至世界観こそ新日本建設の唯一の確なる基礎なりとは、日本基督改革派教会の主張の第一点にして、我等の熱心此処に在り」(『教会ハンドブック 宣言集』、日本基督改革派教会大会出版委員会、1989年、6ページ)。

[5] ファン・ルーラーの神学と「有神的人生観・世界観」という概念との関係をめぐる問題は、さらに突き詰めると、結局のところファン・ルーラーとアブラハム・カイパーの関係という問題に行き着くであろう。日本キリスト改革派教会の創立宣言にこの概念を提供したのがカイパーその人(の書物)であることは、全く明白な事実だからである。ファン・ルーラーのカイパー批判については、牧田吉和「A. ファン・ルーラーの神学的文化論の中心点―文化論におけるカイパー批判に関連して―」『改革派神学』第29号、2002年、3~27ページを参照していただきたい。またより本格的な研究書としては、J. H. P. van Rooyen, Kerk en staat, ’n vergelyking tussen Kuyper en Van Ruler (教会と国家―カイパーとファン・ルーラーの比較), 1964.がある。このファン・ローイェンの神学博士号請求論文はアフリカーンス語で書かれ、ユトレヒト大学神学部によって受理されたものである。指導教授は、ファン・ルーラーである。

[6] 「我等は地上に於て、見えざる教会の唯一性が、一つ信仰告白と、一つ教会政治と、一つ善き生活とを具備せる『一つなる見ゆる教会』として具現せらる可きを確信す」 (同上書、7ページ)。

[7] ファン・ルーラーの多くの著作の中でとくに名著として知られる一冊に『なぜわたしは教会に通うのか』(A. A. van Ruler, Waarom zou ik naar de kerk gaan? Uitgeverij G. F. Callenbach N. V. –Nijkerk, 1970)がある。本書の前書きにファン・ルーラーは「教会に通っているすべての人と教会に通っていないすべての人が、なぜわたしは教会に通っているのか、あるいはなぜわたしは教会に通っていないのかと自問するのは、よいことである」(Ibid, p. 7)と書いている。しかし、教会に通っていない人がそのように自問することは、ありうるだろうか。このような設問自体にファン・ルーラーの(よくも悪しくも)“教会人らしさ”が滲み出ていると感じるのは、私だけだろうか。

[8] A. A. van Ruler, Theologie van het Apostolaat, G. F. Callenbach N. V. –Nijkerk, 1954, p. 21.

[9] ファン・ルーラーのユトレヒト大学における聖書神学講義が『キリスト教会と旧約聖書』(矢澤励太訳、教文館、2007年)としてまとめられた(原著はドイツ語。A. A. van Ruler, Die christliche Kirche und das Alte Testament, Beiträge zur evangelischen Theologie, Band 23, Chr. Kaiser Verlag München, 1955)。本書はファン・ルーラーがたしかに発した「旧約聖書が一つの正典であるという意味は、旧約聖書こそが唯一の正典なのであって、新約聖書は聖書の巻末付録の字句索引(Neues Testament als erklärendes Wörterverzeichnis am Ende hizugefügt)にすぎないということではないだろうか」という一つの問いかけばかりがセンセーショナルに紹介され、批判されてきた不幸な経緯を持っている。しかし、ファン・ルーラーは、この問いかけはカルヴァンのテモテへの手紙二3・17の注解を根拠にしていることを明らかにしている。「次のことを指摘しておく。カルヴァンも第二テモテ3・17の注解において、新約聖書は『解釈』(Auslegung)と『施行』(Inkraftsetzung)との二重の意味で『付録』(accessio)である、と言っているのである」(Ibid. S. 88)。

[10] この宣教学講義の成果が『宣教(アポストラート)の神学』(Theologie van het apostolaat. G. F. Callenbach N. V. –Nijkerk, 1954)としてまとめられた。本書には、原著オランダ語版と、ファン・ルーラー自身がドイツ語で著したドイツ語版と、最近ドイツ語版に基づいて翻訳された日本語版とがある。ただし、ドイツ語版はオランダ語版の「縮少版」として出版されたものである(そのようにI. J. ヘッセリンクが『キリスト教組織神学事典 増補版』東京神学大学神学会編、教文館、1972年、118ページに明記している)。しかし日本語版のどこを探しても、その断り書きは見つからない。現行の日本語版には、他にも多数の問題点がある。できるかぎり早期の改訳出版が必要である。筆者も本書の日本語版の書評を以下の雑誌に書いているので、ご参照いただきたい。『形成』第395・396号、日本基督教団滝野川教会椎の樹会「形成」委員会、2003年12月・2004年1月号、14~15ページ)。

[11] ファン・ルーラーのサッカー熱は彼一流の神学的レトリックにも及ぶ。「神は、まさにヨハン・クライフである。神のプレイのために、他の21人のプレイヤー(人間)が必要である。しかし決着をつけるのは神御自身である!」(Vgl. L. J. van den Brom,ibid., p. 278.)

[12] Vgl. Aart de Groot, ‘Levensschets van Prof. Dr. A. A. van Ruler’, in : Inventaris van het archief van prof. dr. Arnold Albert van Ruler (1908-1970), Utrecht Universiteitsbibliotheek, 1997, p. ix-xvi. またL. J. van den Brom, ibid.参照。

[13] F. G. Immink, ‘A. A. van Ruler: Systematicus met hoofd en hart’, in: Inventaris van het archief van prof. dr. Arnold Albert van Ruler, P. xxvii-xxviii. たとえば、ユトレヒト大学神学部における現在の教義学者J. マイス教授の神学博士号請求論文のテーマは、バルトとミスコッテの聖書論である。Vgl. J. Muis, Openbaring en interpretative. Het verstaan van de Heilige Schrift volgens K. Barth en K. H. Miskotte. Uitgeverij Boekencentrum B. V., ‘s- Gravenhage, 1989.

[14] Gerben Heitink, Praktische theologie. geschiedenis, theorie, handelingsvelden. Uitgeverij Kok- Kampen, 1993, P.83.

[15]Rudolf Bohren, Predigt Lehre, Chr. Kaiser Verlag München, 1971.

[16] 礼拝学に関しては、L. Westland, Eredienst en maatschappij, Een onderzoek naar de visies van A. A. van Ruler, de Prof. dr. G. van der Leeuw-stichting en de beweging Christenen voor het Socialisme. Uitgeverij Boekencentrum B. V., 1985.(L. ウェストランド『礼拝と社会―A. A. ファン・ルーラー、G. ファン・デア・レーウ、キリスト教社会主義運動の観点に基づく研究―』1985年)がある。牧会学に関しては、J. J. Rebel, Pastoraat in pneumatologisch perspektief. Een theologische verantwoording vanuit het denken van A. A. van Ruler. Uitgeversmaatschappij J. H. Kok-Kampen, 1981.(J. J. レベル『聖霊論的パースペクティヴにおける牧会学―A. A. ファン・ルーラーの思想に基づく神学的レスポンス―』1981年)があり、またレベルの研究内容を発展的に継承しているJ. W. van Pelt, Pastoraat in trinitarisch perspectief. De samenhang van trinitarische en antropologische aspecten in het pastoraat. Uitgeverij Groen, 1999. (J. M. ファン・ペルト『三位一体論的パースペクティヴにおける牧会学―牧会学における三位一体論的側面と人間学的側面の関係―』1999年)がある。宣教学に関しては、J. M. van’t Kruis, De Geest als missionaire beweging. Een onderzoek naar de functie en toereikendheid van gereformeerde theologie in de huidige missiologische discussie. Uitgeverij Boekencentrum, Zoetermeer, 1997.(J. M. ファント・クルイス『宣教運動としての聖霊―今日の宣教学の議論における改革派神学の役割と妥当性―』1997年)がある。これは宣教論に関するファン・ルーラーとモルトマンの教説の比較研究である。以上の四冊はいずれも神学博士号請求論文であり、信頼に足る学術性を有している。

[17] ファン・ルーラーは、キリスト教の伝統における「地上の生」への低い評価の原因の一つがアウグスティヌスのfrui(喜ぶこと)とuti(用いること)の区別にあると、いくつかの論文において繰り返し主張している。たとえば、次のように書いている。「この点でわたしは、意識的に、古来よりのキリスト教的ヨーロッパの伝統を打ち破りたいと願っている。それはアウグスティヌス以来次のように定式化されてきた。すなわち、われわれは世界、すなわち被造的現実をただ用いること(uti)だけが許され、ただ神御自身だけを喜ぶこと(frui)が許されている。あたかも神はこの世界とは別の世界であり、別の対象であるかのように!あたかもこの世界なしに神を持つことができるかのように!そうではない。この世界こそが神の世界である。この世界こそが、まさに神の栄光の舞台(theatrum gloriae dei)なのである。この地上の生が、神の栄光の現実化である」(A. A. van Ruler, ‘De waardering van het aardse leven’, Theologisch werk, V, p. 30)。またJ. J. Rebel, ibid.の主題はファン・ルーラーの「人間性」(humanum)の教説の牧会学的意義である。J. J. レベルはオランダキリスト改革派教会(CGKN)のアペルドールン改革派神学大学で牧会学を教えた人である。レベルは、ファン・ルーラーが奨励する人間の「自己肯定」(zelfbeaming)と「自立」(mondigheid)には(改革派的・聖霊論的な)牧会学を構想していくために価値があると主張する。また、ファン・ルーラーの「人間」(humanum)の教説は16・17世紀の改革派諸信条の神学的モティーフに合致しているということについて非常に詳細な立証を試みている(Rebel, ibid., p. 151-203)。両者の人間論における共通点はカルヴァン神学における「回復モティーフ」(helstel-motief)と「恵みの視点」(genade-optiek)である、とレベルは言う(Ibid., p. 199, enz.)。しかし、ファン・ルーラーが改革派諸信条の神学を重んじていたことについては疑問を差し挟む余地はない。ファン・ルーラーは、改革派教会の牧師であった頃、(オランダ改革派教会の伝統に基づいて)毎週日曜日の夕拝でハイデルベルク信仰問答を用いた教理説教(catechismuspreken)を続けていたのである!(Inventaris van het archief van prof. dr. Arnold Albert van Ruler, p. 203-210にはファン・ルーラーが牧師であった時期(1933~1946年)の教理説教が行われた日と、それが行われた場所として、クバートかヒルファーサムのどちらかの教会名が記録されている)。

[18] De waardering van het aardse leven, p. 31.

[19] F. G. Immink, ibid., p. xviii.

[20] ファン・ルーラーの神学が実践神学において新しい潮流を生みだしたことについて、牧田吉和先生は次のように書いておられる。「聖霊と人とのダイナミックな関係が実践神学の中核に関係し、その関係理解の解明が実践神学に新しいパースペクティブを開くことになったのは当然の帰結である」(牧田吉和「ファン・ルーラーにおける三位一体論的・終末論的神の国神学と聖霊論」『改革派神学』第32号、2005年、28ページ)。改革派神学の「実践的性格」(practisch karakter)を強調することは、ユトレヒト大学においては、神学部の歴史的創始者ヒスベルトゥス・フーティウス(Gisbertus Voetius [1589-1676])以来の、じつに四世紀にも及ぶ伝統である。フーティウスは、実践神学(theologia practica)を次の三つの部門に区分した。第一は「道徳神学」(theologia moralis)、第二は「修徳神学」(theologia ascetica)、第三は「教会政治」(politica ecclesiastica)である。フーティウスの場合、神学の実践的側面を最初から改革派神学の立場によって示すために、ハイデルベルク信仰問答の解釈を当てはめようとした。第一の「道徳神学」にはハイデルベルク信仰問答の十戒論の解釈を、第二の「修徳神学」には祈祷論の解釈を、そして第三の「教会政治」には天国の鍵の教説の解釈をそれぞれ当てはめようとしたのである(J. W. van Pelt, Pastoraat in trinitarisch perspectief, p. 163.)

[21] F. G. Immink, In God geloven, Een praktisch-theologische reconstructie, Uitgeverij Meinema, Zoetermeer, 2003, p. 13.

[22] Allan J. Janssen, Kingdom, Office, and Church. A Study of A. A. van Ruler’s Doctrine of Ecclesiastical Office. Eerdmans, 2006. 本節の論述は, A. J. Janssen, ibid. p. 185ff.を根拠にした。より詳細な情報については、直接ジャンセン論文を一読していただくことをお勧めしたい。これは英語で執筆されたファン・ルーラー研究書(博士論文)として史上三番目のものである。これまでに公表されたファン・ルーラー研究書のほとんどはオランダ語かアフリカーンス語で書かれており、日本人にとっては手を伸ばしにくいものばかりだった。またジャンセンが紹介しているファン・ルーラーの論文の多くは、ユトレヒト大学図書館にある「ファン・ルーラー文庫」(Van Ruler Archives)に行かないかぎり入手しえない、未出版資料ばかりである(そのような資料は非常に多数ある。ファン・ルーラーの研究を本格的に志す者たちは、ユトレヒトまで行くほかはないのである!)。

[23] 「教師」と意訳したが、ジャンセンが用いている語はthe minister of the Wordであり、直訳すると「御言葉の奉仕者」である。これはオランダ語のdienaar van het Woordの直訳である。

[24] この点が冒頭に述べた、ファン・ルーラーの教会役員論と、たとえば日本キリスト改革派教会の基本的な立場が必ずしもぴたりとは一致していないところである。『教会規程』が明記しているのは、「教師の職務は、その重要性の故に教会において第一位を占めるものである」(日本キリスト改革派教会『教会規程』第一部政治規準第43条1項)ということである。

[25] Janssen, ibid., P. 190.

[26] Ibid. P. 202-203.

[27] Ibid. P. 203.

[28] Ibid.

[29] Ibid.

[30] A. A. van Ruler, ‘Preekdefinities’, Theologisch werk, IV, Uitgeverij G. F. Callenbach B. V. –Nijkerk, 1973, p. 125.