西ヨーロッパにとってのカルヴァンの意義(1959年)

 A. A. ファン・ルーラー/関口康訳

(カルヴァン生誕450年記念集会で)チャコールグレイのスーツで正装した者が、世界と西ヨーロッパの人間の経験に対してカルヴァンが持つ意義を説明しなければならない場合は、何よりも先に、16世紀のキリスト教に付けられた不可解な亀裂はカルヴァンによってこそ最深部に及んだこと、そしてその亀裂の深さはルターや英国国教会の宗教改革の場合よりも深かったという事実に注意を向けさせるほうがよいだろう。

カルヴァンは、一時的に新しい教会を作ろうとしたのではない。現存する公同教会(カトリック教会)の改革を願っていたに過ぎない。彼は事態を聖書によってしっかりとらえていた。宗教の改革が、宗教の教会形態の改革へと及ぶことを恐れなかった。だからこそ、ヨーロッパにおいてカルヴァンの影響下にあるすべての地で、長老制度という新しい教会政治が導入された。

しかし、それだけではない。新しい教会規定の次に新しい信仰告白が生み出された。そしてその両者の次に新しいリタージが生み出された。それによってルター派と英国国教会の宗教改革の場合よりも自立的で、かつ中世的教会形態をさらに展開させた全く独特な教会形態が生み出されることになった。そのような教会形態がもたらした内的かつ有機的な仕方で作り出された安定性は、反動宗教改革の力強い反対運動に抵抗して宗教改革を持続することにおいて過小評価されるべき要素ではない。

また同時に、カルヴァンのおかげで「公同性」(katholiciteit)の理念が宗教改革のキリスト教において最も固く守られた。ひとがまさにカルヴァン主義国において宗教改革のすべてを把握しようとするならば、その注意と狙いを唯一にして真なる公同性のほうへと力強く向けるべきである。 

ひとは彼が生み出した新しい教会に、カルヴァンの名前を付することはできない。ひとはただ、それを「改革派教会」と呼ぶだけであり、その名はただ「改革された公同教会」(ecclesia catholica reformata)を意味することができるだけである。彼は教会規定に至るまで全線にわたって改革した。しかし、そうだ、それはまさしく公同のキリスト教会であった。教会的職務、そしてキリストによる教会統治機関としての職務的会議への高い評価ゆえに。聖礼典の深く秘儀的な味わいゆえに。また、まさに可能なかぎり追い求められる伝統とのつながりゆえに。そして国民生活における教会の使徒的任務への関心ゆえに。

改革派精神は、公同性という高貴な理念によって、その長さ、広さ、高さ、深さにおいて最も特徴づけられたのである。 そこではただ教会の公同性とキリスト教信仰そのものが新しく構築されるということが起こったに過ぎない。

今や私はこの公同性という理念の改革を、概略的に以下のわずか三つの点において指摘するのみである。 

第一に、カルヴァンが独特な仕方で旧約聖書に役割を与えたこと、そして次に新約聖書に役割を与えたことは、西ヨーロッパ的人間性の生活感覚にとって大きな意味がある。旧約聖書の正典的権威を根本的に認識することに付随して起こる寓喩的釈義をカルヴァンが根本的に拒否したことによって、旧約聖書が教会の説教において、またキリスト教界の知覚世界において固有の役割を演じることができた。

新約聖書の宣教(ケリュグマ)と教会の教義(ドグマ)が持っている構造路線によって面倒をかけられることは少しもなかった。旧約聖書がそれ自体で独立した正典的な神の御言として読まれた。詩篇が好んで歌われた。これらすべてのことが、カルヴァン主義の国家と共同体におけるキリスト教的意識に「イスラエル化」(israelitisering)というべき何かをもたらした。これがまた近代の国家において、キリスト教と人文主義とを独特な仕方で結び合わせた。この「聖書の充分性」(volheid van de bijbel)についての認識は、新しく構築された公同性の典型的なしるしである。

もうひとつのしるしは次の事柄の中に存する。改革派の民は――キリスト教の思想伝統において他の誰よりも――実存が「神の予定」(goddelijke predestinatie)の真理を充分に体験することによって励まされてきた。現存在(er-zijn)の最も深い根源は、純粋な神の「御心」(welbehagen)にある。永遠から永遠に至るまでそうである。それが1619年にドルトレヒトで定式化された。そのとき今日の実存主義哲学は、なお弱々しい――そして私の見方を台無しにする――(予定論の)陰である。

ところが、カルヴァンの影響の不思議さは、この予定論の強調が古典そして古典的キリスト教と存在の合理的思惟との亀裂の原因ではないことにある。実存の次には本質がある。神の存在における意志の次には知恵がある。予定論と合理性とのこの組み合わせは人間性が持つ美の形態である。彼はその極度の緊張関係の中で公同性を表現した。

しかしながら、公同性の新しい構造は、改革されたキリスト教の思惟の内にもたらされたカルヴァンの影響下にある国家の立場においては最も小さなものに留まっている。国家は悪魔の国、またはせいぜい地上の国の只中に見えるもの以外の何でもない。

カルヴァンと彼の思想は、国家は神の国において理解され、かつキリストの国において〔神の国に〕入場しなければならないものであることを、まともに体験する。そこで国家は教会と同一の水準に立っている。彼は両者を独特な仕方で神の主権において根付かせた。彼は聖書にあって両者を結びつけた。彼は国民の生活を共同で統治しなければならなかった。それは、ひょっとしたら、教会と国家が同等的二重性(gelijkwaardige tweeheid)と講和を持つというヴィジョンにおける「錯覚」のような何かであったかもしれない。けれどもひとは、このようにして到達される公同性が持つバランスの美しさを認めざるを得ないであろう。実際それは決してそれほど多く成功しているわけではない。しかしそれは何時代もかけてそれをめざして航海してきた「北極星」である。そして多くの現代人はこの歴史的背景なしに把握することはない。改革派プロテスタンティズムにおいて、たとえば教会規定に基づく長老〔主義〕から民主主義への移行がまさに起こった。カルヴァン主義の独立派的形態が、アメリカ経由で寛容の方向で推し進められた。

西ヨーロッパにとってのカルヴァンの意義ということを問題にするときにぜひ指摘しておきたい、なおいくつかの要素がこの新しく構築された公同性の理念と共に与えられている。

何よりも第一に、私はここで、彼によってキリスト教が全く独特な仕方で「世界の聖化」(heiliging van de wereld)という星の下に生まれたと考える。この聖化は、地上の生を上に向かって、天上の生に向かって神の存在の方向へと流線的に上昇することであるかのように理解することは全くできないものである。カルヴァン主義者は神の存在のほうに向かって「立ち帰り」(terug)たいとは思わない。神の意志が為そうとしていることを為したいと思う。時間の中で営まれる地上の生を求める。そこに神の国が打ち立てられなければならない。信仰に基づく、歴史的プロセスにおける、またとりわけその政治的形態における精力的な〔神の国の〕介入ゆえに。カルヴァンは、アンブロシウス以来、まさに西方教会の特徴であった神政政治の理念を新しい仕方で真剣に唱えた。

第二に、私が考えることは、それによって場所を見出す関係にある、個人と共同体の全生活についての厳格な様式(stylering)である。長い間に多くの不自然なもの、自然に反するものが混入してきた。われわれは、この気障ったらしいピューリタニズムの悪い結果の下で今日に至るまでなお喘いでいる。ところが、彼らの理念は偉大なものであった。全生活をリタージとして、神奉仕(礼拝)として生きる、という。律法が神の国の形態として重んじられる。その点においてカルヴァン主義は、そのフランス的血筋とほとんど決して争わなかった。それは生活様式と高尚な遊びのために洗練された感覚としての「騎士の精神」の中にある。それは、われわれの時代の北西ヨーロッパの者たちがもう一度追求することに躊躇を感じるものである。

第三に、この世界の聖化とこの生の様式(stylering)は、世界の内なるすべてを世界から獲得してくるゆえに不屈のエネルギーを伴っている。この世界は「神の世界」であり、人間が世界で働くことは「神への奉仕」である。この考えはわれわれの現代的で西洋的な商業、科学、技術が持っているかけがえのない(譲渡不可能な)宗教的背景に属するものである。ひとはいつのまにかカルヴァンが西ヨーロッパに対して持っている最大の意義を探したくなる誘惑にかられる。しかし、そんなものは「錯覚」から来るものだろう。要するに、「予定論は資本主義よりも偉大」である。 最後に私が申し上げる見方は、最初の点に立ち返るものである。カルヴァンは諸教会の間に最も深い亀裂を作った。それと同時に、改革派の宗教はこれまた初めからエキュメニカルな関係の卵を雛にかえす器を考案していた。

なぜなら彼らは次のことを強調していたからである。すなわち真理はそれ自体明白であり、教義は秘儀的生活において機能するものであり、対話は聖霊の様態であり、実際面での同意における教会の一致性が教会の構成要素すべてに存するのである。もしひとがこの聖霊論的な方法で教会の存在を考えるならば、教会一致運動(エキュメニズム)への確信や行為は当然だと考えるだろう。

われわれは次のことに期待を持とうではないか。カルヴァンの精神が、少なくともこの点において、われわれの時代にあって力強く働き続けること、そしてわれわれが再び教会の統一性の回復をいくらかでも見ることができることを。要するに、われわれはもはや16世紀に生きているわけではない。また世界は次第にその重心をもはやヨーロッパの中に持たなくてもよくなってきている。それゆえ教会の内部分裂はますます「時代錯誤」になっている。

【出典】

1959年4月29日 ユトレヒト大学で開催されたカルヴァン生誕450年記念集会の講演

A. A. van Ruler, Blij Zijn als Kinderen, een boek voor volwassenen, J. H. Kok B. V. Kampen, 1972, p. 223-226.